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松浪議員の「水かけ」登院停止処分への同情発言

齋藤勁君
 
さっきもASEANの同行の記者のお話を伺いましたけれども、二十五日間の登院停止になりました衆議院の松浪議員のことです。
 総理は、きょう午前中、松浪議員のこの行為に対して、投げたくなる気持ちもわからぬでもないということで同情を示す発言をされたと。コップの水は飲むものでかけるものじゃないね、もったいないねと冗談まじりに応じられていたけれども、みずからも野党議員のやじに対する不満がたまっていたのか、同情を示す姿勢に転換。最後にはやじはやじらしくと言ったらなんだけれども、まあひどいやじを、まあひどいと。やじを全部収録して国民に公開するといい、国会議員として議場で吐くのにはふさわしいか、責任の一端は、野党にあると言わんばかりと、随行の記者団とやりとりしたようですが、同情を示す発言をしたとなると、これはきわめて総理大臣としてゆゆしきことではないかと思います。ぜひ、国会議員として国会の場にいる者として、総理の所感を伺いたいと思います。
国務大臣(森喜朗君)
 
これも歩きながらの話ですので、最初の質問は、松浪議員が懲罰委員会で云々となったが、重いと思われますかという質問だったと思います。ですから、国会の委員会でお決めになったことを私から重いとか軽いとは言えないんじゃないでしょうか、政府の立場で。ですから私は、そのことについては直接的な表現をしないで、議場にある水というのは飲むもので、のどを潤すためのものであって人にかけるものではないよと、私は率直にそういうことをまず申し上げたのが最初だったと思います。
後からもう一遍出てきまして、またお尋ねがございましたので、そのとき私はみずから進んで、記者の皆さんは御存じないかもしれないが、演壇の水というのは、人がかわる、質問者、答弁者がかわるたびにあのコップの水を一々入れかえて職員さんが置かれるんですよ、知っていますか、こう聞いたら、記者さんは皆知りませんと言うから、それくらい水は大事なものなんで、そういう意味で投げるものではないよ、飲むものなんだよということを私は強めて言いたかったわけでありまして、ただ、政府の責任ある立場で、委員会で決められたものが重いとか軽いとか、それは私はそれこそ軽々しく言うことではないというふうに思ったから、そういうふうに、逃げたというわけじゃありません、かわしたつもりでございます。
 ただ、その理由はともかくとして、やっぱりやじも、昔からいえば、昔に比べてと言ったと思いますが、痛烈な非常にユニークなやじもあるが、最近はみんなでわっとやられるので、私も答弁する立場でやられる立場だから、やっぱりそういう気持ちもわからぬでもないなと、もう少しやじはきちっとしたやじならいいのになという、そういう思いで申し上げたわけでありまして、別に松浪議員をかばったわけではない。罪を憎んで人を憎まずといいましょうか、そういうつもりであくまでも軽いとか重いかという質問に対して私は答えない方がいいというふうに思ったわけです。黙っているとまたいろいろ言われますし、難しいんですね。歩きながらそういう会話を続けるしかないのが今の私の宿命だと、こう思っております。
 もしかばったというふうにおとりになって、そして国会の意思に対して総理はけしからぬじゃないかということであれば、私はそのことについてはやはりそういう反省もしなければならぬなと、今御質問をいただいて改めてそのように感じました。

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